MORINOIE STORY VOL.002
軽井沢の森に移住した母のもとへ、
週末の森暮らし。
都会での仕事や暮らしを終えて、70歳を前に軽井沢の森に移住した横内さん。鳥の声とともに朝を迎えて、菜園で太陽の恵みを浴びた野菜に手を添える毎日。
2019.07.30
MORINOIE STORY #
2019.07.30
「60歳を迎えたら、
自分の暮らしぶりを変えてみようと
考えるようになり...」
茜色の空が藍色に染まっていく夕暮れ。遠くに望む八ヶ岳と空の境界線が、あいまいになっていく。見渡すかぎり、自然のうつろいが流れるモリノイエ。徳武正人さんと順子さんは、何をするでもなく、ただ二人この場所で、時間を重ねることに、人生の新たな愉しみを知ったと話します。
「自分たちの別荘を持つまでは、“別荘のある暮らし”よりも“旅をする生き方”を望む自分がいました。だけど今、こうして軽井沢の暮らしを振り返ってみると、私は時間を買ったのだなと知りました」
穏やかな口調で言葉を紡ぐ正人さんが、軽井沢の別荘を考えるようになったのは、60歳を迎えてからのことでした。
「かつては、仕事でカナダやヨーロッパ各国に滞在したり生活したりという日々を送ってきました。だけど還暦を迎えたら、自分の生活リズムを変えてみようかと、ぼんやり考え始めるようになって。どんなに優雅なホテルにもない、自分だけの時間がほしかったのかもしれませんね」
しかし、別荘を持つことも、軽井沢の森暮らしというイメージも、考えたことがなかった正人さんには、迷いがありました。
「これから先の人生、国内や海外へ旅をする暮らしを考えていましたからね。だけど、箱根や河口湖、蓼科や軽井沢に別荘を持つ友人たちに“別荘暮らしを始めてみないか?”と勧められるうちに、そんな人生もいいなと思うようになりました。そしてまずは、別荘や土地のことを色々と考えてみようかと、妻に話すようになったんです」
そんな正人さんの心境の変化をとなりに、順子さんも別荘のある暮らしを思い描くようになっていったと言います。
「私の実家が長野にあること、主人の友人が軽井沢にたくさんいること、東京とのアクセスが良いことを考えたら、軽井沢での別荘生活なら、無理がないと感じられました。東京の家や職場へ通うことができるので、仕事と暮らしのバランスを大きく変えなくても、別荘のある暮らしを日々の中に取り入れられると、前向きに想像できましたからね」
「森の静けさに包まれて、山並みを望む」
月に数日、夏やお正月には2週間ほどモリノイエに滞在する徳武夫妻。料理が好きな順子さんにとっては、森の風景が180°に広がるキッチンからの眺望は、料理の時間がさらに愉しくなるきっかけになったと言います。
「森のうつろいを静かに眺めながら料理をする。ただそれだけで、愉しくて、時間を忘れるくらいです。気がつくと、ソファに座っているよりも、キッチンに立っていることが多くなりました」
順子さんに続けて、正人さんも、この土地から眺める風景の美しさが、軽井沢に別荘を持つことを決める理由になったと振り返ります。
「私たちはいい土地に巡り会うまでに時間がかかって、“軽井沢にはもう、縁がないのかな”と諦めかけていたんです。そんな中でこの土地と出会い、八ヶ岳も浅間山も望めるここにしかない美しさを想像できた時には、嬉しくなりましたよね。
海外雑誌でいくつもの建築を観て、間取りや佇まいの想像を膨らませていた私たちは、この眺望を望む理想の設計案をスケッチして、提案させてもらうこともありました」
海外生活で感じてきた建築の趣、海外の雑誌に観た建築の様式など、広い知見を培ってきた正人さんと順子さん。二人で理想の森暮らしを思い描きながら設計プランを築いていった思い出を、順子も嬉しそうに話します。
「この別荘の設計が始まる前、リビングからの眺望を確認するために、地上10mほどのアイレベルで眺望を観る足場を組んでいただいたこともありましたね。そこから、主人や建築デザイナーの方と何度もイメージを共有していきました。傾斜の上方にエントランスを設けて、スキップフロアでさらに一段アイレベルを上げたリビングにすることを相談したり、隣の家や道路からの視界が入らない方角を一緒に考えたりしてきた時間は、自分たちが想う理想の森暮らしを改めて考えるきっかけになりました。いい思い出ですね」
絵画のような山並みの風景を望む、開放的な居住空間を2階に設けた一方で、階下はあえて天井を低くし、森に包まれるベッドルームと書斎を計画。さらに、地下に蓄熱暖房の機能を果たす空間を設えたのは、徳武さんのアイデア。地下に暖房を配置することで、暖気が空間全体を10℃前後に保つため、「やわらかなあたたかさが、冬の軽井沢への足取りを軽くしてくれましたね」と正人さんは話します。
「たくさんの愉しみ
限られた愉しみ」
東京と軽井沢の暮らし。そのどちらの豊かさも享受した生活は、60歳を迎えてからの正人さんの人生に語りかけてくるものがありました。
「東京と軽井沢での暮らしを通して“一人になることに向き合う時間”をもてたのかなと思います。東京には東京にしかない音楽や食の“たくさんの愉しみ”があります。軽井沢には、森の静けさに包まれて、音楽に五感を委ねたり、文章を書き綴ったりする“限られた愉しみ”があります。
これまで色々な場所へ旅を続けてきたからこそ、静かな森の暮らしは、60歳を迎えてからの人生を考える私に、ちょうどよかったのかもしれませんね」
そう話す正人さんに、順子さんも言葉を添えます。
「森に窓を開いて、ただ一人お風呂でゆっくり心をほぐす。森に包まれたこの場所から、ささやかな四季の美しさを知る。何をするでもなく、ゆっくりと暮らしを重ねていく。東京にいると忙しなくて、何かしないといけない気がすることもありますが、不思議なことに、軽井沢なら自由な気持ちでいられます。
振り返ると、主人が庭のお手入れをしているうちに腰を痛めてからは、二人ともゆっくり森の暮らしを紡いでいくようになりました。森暮らしにある、静けさも時間の流れも、二人にとって大切な余白だったんだと思います」
おおらかに広がる森の風景を望み、料理を愉しむ順子さんの前には、ピアノやギターで作曲をしたり、執筆をしたりと創作のひとときを送る正人さんの和やかな姿が、いつもすぐそばにありました。