森にもっていきたい二つのもの #3

コーヒーとカメラ

2018.07.06

お気に入りのコーヒーではじめる朝は、東京でも軽井沢でも、いつもの自分になれる。だから、いつもの一式を、カバンに詰め込んで行く。ミルもケメックスのグラスも、全く同じものをモリノイエに置いておけばいいのだが、微調整してある豆の挽き具合と、月日が染み込んだグラスでないと、なんとなく調子が揃わない。二十代の頃大事にしていたフォークギターのように、他には替えのきかない相棒と言える。
 
カメラはもっぱらフィルム。軽井沢に来ると、写真家さながら気持ちが高まる。だけど、べつだん、意味をもたせて撮っているわけではなく、ただ、心地よいと感じた光景を一日3枚までと決めて、撮りためている。36枚いっぱいになったら、現像に出して、夕飯時に妻に見てもらうなんてことをしているくらい。だけど、ただ撮るだけでも、写真として見返してみると、案外学ぶことがある。
 
写真の中に映るのは、特別に感じる瞬間を心待ちにしている自分の視点だと気づく。真新しい何かに驚き、心動かされて、いつもの自分は、いつだって昨日の自分とはちがっていることを知る。そんな写真の愉しさは、旅にも似ている。現像しないと画が見えない緊張感も、どんな光景に出会えるかわからない高揚感も、その地に居合わせた偶然がすべてを決めるから。
いつものコーヒー、カメラが写す光景。二つのものは、淡々と流れゆく毎日に、いつもの朝があり、いつもとちがう今日があることを教えてくれた。