特集「軽井沢の山荘と建築家」
堀部安嗣 01

2019.09.27

モリノイエ軽井沢 編集室

表参道と軽井沢のアトリエで、別荘や住宅の建築設計を中心に活動する私たち〈モリノイエ軽井沢™️〉は、「軽井沢の文化や歴史、そして森と共にある暮らしのすばらしさを後世に伝えていきたい」と考えています。
 
そんな想いから、特集「軽井沢の山荘と建築家」では、〈軽井沢 森の家〉を設計した吉村順三をはじめ、堀部安嗣、中村好文らが手がけた軽井沢の別荘建築を紹介すると共に、彼らの軌跡を辿りました。
 
この軽井沢の地で、人の住まい(巣まい)を創造してきた偉大な建築家の考えや見方を知ることは、これから暮らしを築いていくあなたにとって、または五感の泉を蓄える若き建築家にとって、人生の愉しみになると言えます。
 
都会の豊かさや森の美しさを享受するあなたと交わしたい「軽井沢の歴史や文化を築いた建築家の物語」を見ていきましょう。

評価を得られなかった卒業制作を経て、
建築を諦めかけた堀部安嗣が、
建築家・土浦亀城から受けたひと言

  • ▲「Architecture 堀部安嗣作品集(平凡社)」では、堀部安嗣を代表する〈軽井沢の家〉の四季折々の佇まいをはじめ、1994年から2014年にかけて思索を巡らせてきた全建築と設計図集が収められている。写真は、堀部安嗣をはじめ、写真家の雨宮秀也ほか
  • 本書では2002年の〈軽井沢の家〉のほか、歴代の建築作品が、1章から6章へと氏の建築観のうつろいを追いながら、紹介されている
  • 建築家・堀部安嗣(1967-)。
    神奈川県横浜市生まれ。筑波大学芸術専門学群環境デザインコース在籍中には、インターンとして吉村順三のもとで建築を学ぶ。その後、建築家の益子義弘に師事。1994年にには独立を果たし、堀部安嗣建築設計事務所を設立。鹿児島の〈南の家〉、〈伊豆高原の家〉、〈軽井沢の家〉など、全国のあらゆる気候風土、地縁を読み、建築設計を続けてきました。その軌跡は、氏自身の美しい言葉と写真で、本書に記録されています。

    数々の建築作品と、時を刻み深める建築観。そのすべての物語が、氏自身の“情”と“知”をもって、美しい言葉で語られています。
     
    それぞれの建築作品における思考は、本書の扉を開き、読者が感じるままに委ねるとして、堀部安嗣氏が、これまで建築を続けてきた原点を、ここでは紹介したいと思います。

    堀部安嗣氏が、大学の卒業制作でつくったのは、<たった一枚のための美術館〉というものでした。現実の世界では、多くの展示作品を抱えて大きく華美な美術館が立つ中で、堀部安嗣氏が考えたのは、たった一枚の絵にふさわしい環境をつくるというものでした。しかしその思索は、先生や知人から「卒業制作として複眼性と客観性に欠ける」とされ、評価されることはありませんでした。堀部安嗣氏は落胆し、建築の道を諦めようとすら思ったと言います。

    しかしそれでも、この作品を見せたい人がいました。それは、フランク・ロイド・ライトに師事した建築家の土浦亀城でした。かつて、名作と呼ばれる建築が紹介されている本で、土浦亀城の自邸に感銘を受けた堀部安嗣氏は、わずかな情報と記憶にある佇まいを手がかりに、目黒駅を歩き続け、ようやく辿り着きます。
     
    なんの躊躇もなく、ドアのチャイムを鳴らし、お手伝いさんに訪問を断わられるも、無理を言って頼み込んだ末、家の中を案内してもらえることに。そこでは奥様から、フランク・ロイド・ライトと過ごしたアメリカでの日々の写真を愉しく見せてもらうも、当時90歳を超えていた土浦氏は、椅子に座ったまま、ただ新聞を読んでいたそうです。そして、二度目の訪問。今度はいよいよ、卒業制作で仕上げた設計を抱えて。

    この時、「未熟ですが、一生懸命つくったものです。見ていただけませんか?」と頼んだ堀部安嗣氏に思いがけない言葉が返ってきます。90歳を超えているとは思えない集中力で、卒業設計に熱心なまなざしを向けた土浦亀城からひと言、「君は建築家になりなさい」とーー。

    その時のことを堀部安嗣氏は、「Architecture 堀部安嗣作品集(平凡社)」の中で、こう綴っています。
     
    「自分の正直な気持ちと良心に向きあい、力の限りつくったものは、いずれ良き人との出会いをつないでくれる。この時に得た実感はそれからの設計活動の基盤となった」

    不運に思えたことや失敗が、明日には転じるかもしれない。しかし、ひたむきに良心と向きあい続けるということは、実はそんなに容易なことではないのも、たしかです。限られた時間のなかでは、挫折もあれば、逃れられないつらさもあります。
     
    それでも、良心をもって、森を読んできた堀部安嗣氏の建築設計の軌跡には、不変的な自然の美しさへの飽くなき敬意があります。森を見て、立ち止まり、地を知る。そんな風に、森の中で創作や人生に休符を打つ時間の大切さを、享受しているように感じるのです。
     
    堀部安嗣氏は、〈軽井沢の家〉の設計において、階下に森を望むテラスをしつらえ、太古の洞窟的のような「原初的な心地よさを表現したかった」とも言います。森と自己を対峙させる休符をもつことで、この軽井沢の森が、自ずと良心を導いてくれるだろうことを、信じていたのかもしれません。私たちは、その良心から学ぶべきことが、たくさんあるのだと思います。