軽井沢別荘の歴史04「火と水と木の詩」吉村順三

2019.07.24

モリノイエ軽井沢 編集室

表参道と軽井沢のアトリエで、別荘や住宅の建築設計を中心に活動する私たち〈モリノイエ軽井沢〉は、“都会暮らし、森暮らし。”という新しい日本の暮らし文化をつくることを大切に、連載「軽井沢別荘の歴史」で、軽井沢の別荘建築や山荘暮らし、建築家の図面や作家の芸術作品、写真集などを紹介していきます。

軽井沢別荘の歴史04
火と水と木の詩
- 私はなぜ建築家になったか-
吉村順三
新潮社(2008)

日本の近代建築に多大なる影響を与えた建築家の吉村順三(1908-1997)。
学生時代からアメリカ人建築家のフランク・ロイド・ライトのタリアセン(事務所)で、モダニズム建築を学び、〈国際文化会館〉、〈八ヶ岳高原音楽堂〉、〈軽井沢の山荘〉、〈奈良国立博物館〉など、数々の作品を後世に残します。また、東京藝術大学の教授として教鞭をふるい、のちに中村好文や藤森照信、益子義弘、松村勝男、宮脇檀、手嶋保など、多くの若き秀才に師事される存在となりました。そんな吉村順三の生涯に敬意を表し刊行されたのが、本書「火と水と木の詩 私はなぜ建築家になったか」です。
 
本書のテキストは、1978年に新建築家技術集団岐阜支部が吉村順三を岐阜グランドホテルに招き、新建講演会を開催した時の講演会、質疑応答、夜の懇親会での話を集録し、編集したものです。表題にもあるように、「なぜ建築家になったか」というごく根本的な問いから、吉村順三の建築感を紐解く一冊となっています。
 
「設計の基本は住宅から」では、
「ーー住宅のデザインというのは非常に大切だと思いますが、日本の偉い先生達はちっとも住宅をやってくれないのです。
あれは間違いだと思います。
ライトだってミースだって、コルビジェだって、デュドックだって皆いい住宅を設計しているでしょう。だから先にも申しましたように、住宅は設計の基本だと思っています。
住宅が出来なければでかい建築もできないという気がします。住宅をやらせると出来ない建築家がいっぱいいます。有名な先生で。それは結局いくら大きなビルを造っても、中の人のことを考えていない。その人を考えるということは、その人の生活を考える訳です。その生活というのは、その土地に属している訳でしょう(p.47-48)」
と語り、
 
「建築への信頼は教育にあり」では、
「ーー建築家の仕事は、いい仕事ですが、とにかく人間を扱う仕事ですから大変です。
人間というものをよく判らないのに何が建築家か! ということは難しい問題ではありますが、とにかく器を造って、その中へ人を入れるという仕事ですから、とても面白い仕事だと思います。今の日本の現状は建築家にとってやや困ったもんだと思います。(中略)
ーーその根本原因は、小学・中学・高校等における教育にあり、もう一つには戦後の急激な日本の生活の変化、それに伴って生活様式も変化し、建築の建て方も非常に変わってきたので、一般の人々の建築に対する常識、経験、そういうものが非常に欠けてしまって、建築の価値というものがその建築の質の良さというもので判断されないで、もっと別の価値観で判断され、ちょっと言葉は悪いが、歌謡曲並みにでないかと思います(p.50)」
などと現代の建築への批評も書されています。
 
また、建築と環境のデザイン、建築家と施主との関わり、アメリカと日本の建築事務所、若い建築家へのエールなども、吉村順三の言葉のままに、ありありとその場に居合わているかのような語りで書き綴られています。そのため、読みほどに、読む度に、「建築が大好きな私たちにとって何が大切か」を何度も考えさせられる一冊でもあります。建築に限らず、仕事というものの根本に通じる理りでもあり、殊にこれから自分の仕事を通して、人へ幸せを届けることを胸中に抱く人の背中を押す本とも言えるでしょう。
 
私たちは、この軽井沢という地で、所員たちや職人の生活を培い、建て主の一生に一度か二度目の幸せに寄り添い、暮らしを育むことが仕事です。建築を志す人や現場の職人と共に、本書を片手に、色々な建築観を交えてみたい。そんな風にも思うのです。