軽井沢別荘の歴史02「文豪の家」高橋敏夫・田村景子

2019.06.18

モリノイエ軽井沢 編集室

表参道と軽井沢のアトリエで、別荘や住宅の建築設計を中心に活動する私たち〈モリノイエ軽井沢〉は、“都会暮らし、森暮らし。”という新しい日本の暮らし文化をつくることを大切に、連載「軽井沢別荘の歴史」で、軽井沢の別荘建築や山荘暮らし、建築家の図面や作家の芸術作品、写真集などを紹介していきます。

02「文豪の家」
 
監修:高橋敏夫・田村景子
X-knowledge(2013)

軽井沢の別荘文化は、カナダ生まれの宣教師アレキサンダー・クロフト・ショー(A.C.ショー)が、軽井沢の美しさに惹かれ、家族や友人にそのすばらしさを伝え、1886年に避暑地として訪れたことが最初と言われています。その後1888年に、A.C.ショーが旧軽井沢の大塚山に簡素な別荘を建てたことをきっかけに、友人の宣教師たちもこの地に別荘を開くようになり、1893年には初めて日本人所有の別荘も建てられました。そして同年には、東京と群馬・長野・新潟をつなぐ鉄道碓氷線が開通。長野や群馬から東京や横浜へ生糸を輸送するルートが開かれ、ヨーロッパなど諸外国からの外貨獲得に貢献しました。
そんな歴史背景を礎に、明治から大正の移り変わりでは、貸別荘やホテル営業が広がり、土地分譲も行われるように。そして第一次世界大戦後は好況の影響から、多くの日本人有産階級の人たちも訪れ、著名人たちが軽井沢を避暑地として物語るようになりました。

本書は、こうした時代背景とともに言葉を残してきて文人たちの住まいと文学への歩みがまとめられた一冊です。
 
作家・有島武郎が、幼少期から家族との避暑を愉しみ、『信濃日記』や『生まれ出づる悩み』などを執筆した軽井沢三笠・愛宕山麓の別荘〈浄月庵〉。
 
小説家への転身後、関東大震災に伴い、東京と金沢の往還生活の日々から、軽井沢への滞在を愛するようになった室生犀星が、書斎の窓や縁側からの風情に心を留め、『庭をつくる人』や『私の履歴書』などにも書き残している静観な別荘と庭園。
 
室生犀星を訪ねて19歳の夏に初めて、軽井沢の地を踏んだ堀辰雄が、『風立ちぬ』や『ふるさと』を書き綴った邸宅。
 
こうした森の別荘と東京の往来を重ねて、森と対峙し、筆をとった文人たちの住まいや間取り、自らの審美眼にかなった調度品の数々、またその暮らしとともに生み出されていった作品などが紹介されています。

歴史に語り継がれてきた文人たちが、どのような空間で、どんな思いを胸中にこの地で過ごしてきたのかは、軽井沢の別荘建築における住まい手の目線を確かめ、この地に引き継がれてきた森暮らしというすばらしい別荘文化を知るきっかけになります。
 
軽井沢の別荘に限らず、太宰治や夏目漱石、松本清張、志賀直哉や宮沢賢治など、計36の文人たちの住まいが紹介されているので、別荘や建築の意匠、空間がもたらす日々へのまなざしの変化などにも想像をかきたてられます。これから新たな暮らしや別荘の建築設計を描いている方にとっての創造の種になるでしょう。

また、ほとんどの建築が現存しているため、今もその空間をこの目にすることができます。本書には現存する美術館や記念館などの所在地も紹介されているので、各所すべて訪れてみたいものです。
 
有島武郎 別荘〈浄月庵〉
長野県北佐久郡軽井沢町長倉塩沢217(軽井沢タリアセン内、軽井沢高原文庫、有島武郎記念室もあり)
https://goo.gl/maps/ng6niPb8ysVBrBfM6
 
室生犀星旧居
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢979-3(室生犀星記念館)
https://goo.gl/maps/wgS6s3p5ronNuKYKA
 
堀辰雄邸
長野県北佐久郡軽井沢町大字追分662(堀辰雄文学記念館)
https://goo.gl/maps/ib8S2GkGW9aVwZw58