特集「軽井沢の山荘と建築家」
吉村順三 02

2019.08.27

モリノイエ軽井沢 編集室

表参道と軽井沢のアトリエで、別荘や住宅の建築設計を中心に活動する私たち〈モリノイエ軽井沢™️〉は、「軽井沢の文化や歴史、そして森と共にある暮らしのすばらしさを後世に伝えていきたい」と考えています。
 
そんな想いから、特集「軽井沢の山荘と建築家」では、〈軽井沢 森の家〉を設計した吉村順三をはじめ、中村好文、堀部安嗣らが手がけた軽井沢の別荘建築を紹介すると共に、彼らの軌跡を辿りました。
 
この軽井沢の地で、人の住まい(巣まい)を創造してきた偉大な建築家の考えや見方を知ることは、これから暮らしを築いていくあなたにとって、または五感の泉を蓄える若き建築家にとって、人生の愉しみになると言えます。
 
都会の豊かさや森の美しさを享受するあなたと交わしたい「軽井沢の歴史や文化を築いた建築家の物語」を見ていきましょう。

大きな建築
小さな森の家

1931年から建築家のアントニン・レーモンドのもとで、日本の自然の恵みを享受したモダニズム建築を追求し、1941年に〈吉村設計事務所〉を開設した吉村順三。その10年の年月の中なかでは、師・レーモンドが軽井沢に建てた〈軽井沢・夏の家〉で製図に励んだり、師が運転する大きなアメリカ車で、軽井沢周辺をドライブしたり、〈聖パウロ教会〉の建築現場へ師と共に訪れたり、自然と軽井沢とのゆかりが生まれていきました。そして吉村は、軽井沢でいくつかの別荘建築を設計するようになります。

まずはじめに、自身の山荘としての〈軽井沢 森の家〉を1962年に設計。それから、1970年に西洋画家・脇田和のアトリエ山荘〈脇田山荘〉を手がけるなど、多くの山荘を築いていきました。残念ながら現存する山荘は数少ないですが、当時の山荘での暮らしを語る吉村の言葉は消えることなく、「小さな森の家(建築資料研究社 p.84-85)」にこう記されています。

「山荘は、贅を尽くした建築である必要はなく、ごく私的な生活を楽しむ場でよいと思います。自然と共にあることが感じられる、質素で気持ちのよい場であること。この山荘に私が求めたのはそれだけです。
 
例えば、暖炉のまわりに家族がなんとなく集まって過ごすひととき。それぞれが読書をしたり音楽を聴いたり、好きなことをしながら、同じ大きな時間の流れのなかに共にあることを感じることができます。
 
この山荘で、毎年夏に小さな音楽会を開いていた時期もあります。のちに、〈カニングハム・ハーモニーハウス〉ができてからは、そこで行うようになりましたが、妻が関わっている『ソルフェージ・スクール』が開催するものです。
テラスや2階の居間を演奏の場として、観客が山荘の周囲を取り囲むようなかたちで集まる音楽会でした。
 
軽井沢の別荘に避暑に来ている人たちーー猪熊弦一郎さん夫妻や丹下健三君夫妻なども見えました。(ー中略ー)週末には一人で山荘に行くこともありました。また大きなコンペがあって、集中して仕事に取り組みたい時は、所員と山荘にこもって仕事をしていたこともあります。
 
そんな時は、軽井沢の街の〈宮坂肉店〉や〈こばやし八百屋〉で材料を買って、簡単な食事をつくって食べたり、菊水食堂で食事をとるのが常でした」

  • ▲吉村順三の〈軽井沢 森の家〉で開かれた音楽会に集う人々(「小さな森の家 軽井沢山荘物語」より)
  • こうして森の暮らしに身を委ねる時間を重ねてきた吉村は、後年の自著「火と水と木の詩(新潮社 p.47-48)」で、設計の基本は住宅にあることを語っています。
     
    「どうしても住宅ばかりやっていると、なかなか事務所の経営がうまくいかないんだけど、住宅が好きですから、やっぱり住宅が基本だと思います。
     
    小さな住宅でも本当にうまく出来たら、とても大きな仕事でもできると思います。僕だって、何も初めから、でかいプロジェクトをやっていたわけではないのです。
    その感じは小さい仕事をどう自分なりに完璧にやるかということをやっているうちに、そのコツが何とかわかってきただけの話です。だから、住宅のデザインというのは非常に大切だと思いますが、日本の偉い先生たちはちっとも住宅をやってくれないのです。
     
    あれは間違いだと思います。
    ライトだってミースだって、コルビジェだって、デュドックだって皆いい住宅を設計しているでしょう。
    だから先にも申しましたように、住宅は設計の基本だと思います。
     
    住宅が出来なければでかい建築もできないという気がします。住宅をやらせると出来ない建築家がいっぱいいます。有名な先生で。それは結局いくら大きなビルを造っても、中の人のことを考えていない。その人を考えるということは、その人の生活を考えるわけです。その生活というのは、その土地に属しているわけでしょう」

  • ▲〈軽井沢 夏の家〉から望む軽井沢の森(「小さな森の家 軽井沢山荘物語」より)
  • 森とともにある住まいをつくる。
    それは、いち生物として立ち返ってみれば、「巣をつくること」でもあります。そして、その住まい(巣まい)を築く自然に対して、建築をどうしようかと創意工夫を重ねるのであるから、やはり、四季を彩る自然の恵みに寄り添う建築が、美しい建築とも言えるのではないでしょうか。それを教えてくれるのが、軽井沢の歴史と文化です。
     
    この美しい森を知り、美意識を携え、人間の根本を支える心休まる森の居場所をつくること。それこそが、私たち〈モリノイエ軽井沢™️〉が、軽井沢の自然に敬意を払い、これからも続けていくべき建築なのだと、あらためて考えさせられるのでした。

  • ▲〈八ヶ岳高原音楽堂〉のありさま(「吉村順三建築図集Ⅶ」より)
  • そして、吉村が70代にして設計した軽井沢の〈ハーモニーハウス(現:エロイーズカフェ)〉や〈八ヶ岳高原音楽堂〉では、次代に引き継がれていく文化や音楽が、今もなお響いています。自然に学び、文化が交差する建築を築く。そんな建築家・吉村順三の生涯について、私たちはこれからも続編としてお届けしていきたいと思います。
     
    つづく
     
    軽井沢にある〈脇田美術館〉では、隣接する〈脇田山荘〉の見学会や建築設計のワークショップを、継続的に行っています。
    建築を志す人は一度、足を運んでみるのもおすすめです。

    〈脇田美術館〉
    長野県北佐久郡軽井沢旧道1570-4
    google maps
    https://goo.gl/maps/7tmjHvNXUXbqAtcN6
    ウェブサイト
    http://www.wakita-museum.com