特集「軽井沢の山荘と建築家」
中村好文 01

2019.09.30

モリノイエ軽井沢 編集室

表参道と軽井沢のアトリエで、別荘や住宅の建築設計を中心に活動する私たち〈モリノイエ軽井沢™️〉は、「軽井沢の文化や歴史、そして森と共にある暮らしのすばらしさを後世に伝えていきたい」と考えています。
 
そんな想いから、特集「軽井沢の山荘と建築家」では、〈軽井沢 森の家〉を設計した吉村順三をはじめ、堀部安嗣、中村好文らが手がけた軽井沢の別荘建築を紹介すると共に、彼らの軌跡を辿りました。
 
この軽井沢の地で、人の住まい(巣まい)を創造してきた偉大な建築家の考えや見方を知ることは、これから暮らしを築いていくあなたにとって、または五感の泉を蓄える若き建築家にとって、人生の愉しみになると言えます。
 
都会の豊かさや森の美しさを享受するあなたと交わしたい「軽井沢の歴史や文化を築いた建築家の物語」を見ていきましょう。

ステータスシンボルとなるような家ではなく、
自分自身と静かに向かい合える普通の別荘

建築家の中村好文氏。1948年に千葉県に生まれ、幼い頃からミシン台の下に秘密基地をつくったり、木登りをして、木の上に巣のようなものをつくったりしていたそう。武蔵野美術大学建築学科に進学後は、国内外の小屋を巡ったり、全国津々浦々の建築を探し歩く日々も過ごしたそうです。1972年に大学を卒業した後には、家具製作の職業訓練校に通ったり、吉村順三のアトリエで、家具設計のアシスタントなどを経験。1981年には〈レミングハウス〉を設立。木工作家の三谷龍二のアトリエや、〈伊丹十三記念館〉、ファッションデザイナー皆川明が主宰する〈ミナペルホネン〉の保養施設の設計など、これまでに数多くの建築を手がけてきました。近年では、軽井沢浅間山麓に、自給自足の小屋をしつらえ、自身も都内の自邸と森の小屋暮らしに身を委ねています(多くの著作がある中、珍しいウェブのインタビューがあるので、こちらも参考に、よかったら)。

そんな中村好文氏の幼い頃の居場所づくりのようすからわかるように、「人の気配が息づき」「人の住まいの原型が見えること」を、その建築設計の重きとしてきたことが伺えます。

  • 自著『中村好文 小屋から家へ』では、小屋を巡って古今東西を旅した20代の頃の話、鴨長明やヘンリー・デイヴィット・ソローやル・コルビジェなどの小屋を例に「人の暮らしの原点」について書き綴られている
  • 「人の暮らしや住まいとは、なんだろうか?」
     
    ーーそんな問いに自身の建築を照らし合わせる中村好文氏。『小屋から家へ』の巻末に掲載されているファッションデザイナー皆川明との対談では、実に面白い話がいくつも飛び交っていきます。

    衣服も建築も、身にまとうものであり、なんとなく着馴染んでいくような「身の丈にあった小屋」の良さや、屋根裏部屋は夢想をかくまう場所であるということなど、「衣服」と「建築」の対比から、心地よさや創意工夫のあり方について問い続けていきます。そこには建築設計やあらゆるジャンルの仕事における創作のヒントがあります。
     
    私たち建築に関わる人たちにとって、中村好文氏から学ぶことは実に多いわけですが、とりわけ紹介したいのが、自著『普通の住宅、普通の別荘(2010年/TOTO出版)』の巻頭で綴られている「エンケルとパティーナ」の話。
     
    「エンケル|Enkel」とはスウェーデン語で「普通でちょうどいい」を意味する言葉。「パティーナ|Patina」も同じくスウェーデン語で「古艶、古色、古趣」を意味する言葉。どちらの言葉にも、出会うまでにはさまざまなプロセスがあり、その中で中村好文氏が、自身の建築観をどのように醸成してきたのかを知る面白い話です。こと細かな解説は本書に委ねるとして、中でも、氏の建築観を物語る一文を、最後にご紹介します。

    (前略)私自身が、ヒンヤリとして整然よりは、あたたかな雑然を愛する人間で、肩も、肘も、(もちろん見栄も!)張らずに自然体で暮らしたいし、そのように生きたいと考えていますが、私の依頼者のほとんどはそのような私の考え方と姿勢に共感してくれる人たちでした。読者には、ぜひとも、斬新でも、新奇でも、独創的でもない「普通の住宅」で営まれる「普通の人々」の、平凡で穏やかな暮らしぶりの豊かさと人肌の温もりを感じ取っていただきたいと思います。

    森に包まれ、ちょうどいい小屋にかくまわれて、静かに自分自身と向かい合える場所から、明日をみつめる。そのプロセスが、人には大切なのであると、あらためて想いを強めます。どんなモリノイエ をあなたに届けようか。その原点は、自然体なものが教えてくれるのです。