軽井沢別荘建築の本棚03「ウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築」山形政昭

2019.07.17

モリノイエ軽井沢 編集室

表参道と軽井沢のアトリエで、別荘や住宅の建築設計を中心に活動する私たち〈モリノイエ軽井沢〉は、“都会暮らし、森暮らし。”という新しい日本の暮らし文化をつくることを大切に、連載「軽井沢別荘建築の本棚」で、軽井沢にゆかりのある建築家やその作品、また活動の歴史などを記録した本を紹介していきます。

03「ウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築」
-ミッション建築の精華-
 
山形政昭
創元社(2018)

軽井沢の歴史は、カナダ人宣教師・アレキサンダー・クロフト・ショー(A・C・ショー)が、トロントへの郷愁を感じさせる軽井沢の美しさに心を寄せ、1885年頃からこの地の風土を世界に広めたことからはじまります。そんなA・C・ショーとともに、軽井沢の歴史を昇華させた二人の人物がいます。建築家のアントニン・レーモンドとウィリアム・メレル・ヴォーリズです。
 
チェコ生まれのアントニン・レーモンドは、1919年に〈帝国ホテル〉のプロジェクトに携わるために、フランク・ロイド・ライトとともに来日。以後、日本で建築設計の活動を続け、軽井沢の〈聖パウロカトリック教会〉や〈夏の家 兼 アトリエ〉、〈軽井沢新スタジオ〉など、自然とともにある建築作品を後世に残します。また、レーモンド事務所には吉村順三や前川國男、杉山雅則らが机を並べ、のちの日本の近代建築に多大なる影響を与えました。(詳しくは、軽井沢別荘建築の本棚01にも掲載)
 
そんなレーモンドと同時代を生きたウィリアム・メレル・ヴォーリズもまた、日本の近代建築の歩みを進めた建築家です。ヴォーリズは、1906年〈近江八幡YMCA会館(のちのヴォーリズ事務所)〉を初作として、1918年〈軽井沢ユニオン教会〉、〈明治学院礼拝堂〉や〈関西学院大学〉などの公共施設、〈旧主婦の友社ビル〉、〈大丸心斎橋店本館〉、朝吹登水子の軽井沢の別荘〈睡鳩荘〉などの西洋建築を手がけてきました。
もともとは、英語教師として来日したヴォーリズでしたが、のちにボランティア活動や国際理解教育、語学教育などを行う「YMCA活動」に注力し、建築設計事務所を営みながらも、「メンソレータム(現・メンターム)」の日本代理店を設立したり、ハモンドオルガンを日本に紹介したりと、日本の新しい暮らし文化の醸成に貢献。1941年に戦雲が立ち込め、多くの外国人が日本を離れていく中で、ヴォーリズは自らの意思で日本への帰化を選択。一柳満喜子夫人の姓をとり“一柳米来留(ひとつやなぎ めれる)”と名乗り、近江八幡を中心とする商人の顔も見せます。そして、太平洋戦争が終焉すると、マッカーサーと近江文麿との仲介にあたるなど、日本への敬意を心に留めてきた人物として後世に語り継がれる人物となりました。
 
教育者、社会実業家、建築家としての人格を根底に、多くの人々へ建築や文化を教えてきたヴォーリズ。そんな彼の功績を知る上で特筆すべきは、彼の天生の才と専門性の高い所員たちにあると、本書には綴られています。
 
「ヴォーリズさんが図面殊に平面図を引かれるときは、インスピレーションに満ち構図、計画は、忽然として、出て来る天才肌の人です。この大天才を中心として、総務として村田幸一郎氏あり、美術的方面に佐藤久勝氏あり、構造方面に小川祐三あり、其他雑務に吉田悦蔵氏が当たることにして部員の総計は三十名で、本店を近江八幡町に、支店を、東京と大阪に置いてドシドシ仕事をして居ます(p.25)」
 
軽井沢での歴史は、1912年にヴォーリズ合同会社の軽井沢事務所を設立したことからはじまります。これをきっかけに、建築技師たちの大半が軽井沢へ移動し、自然に五感を研鑽し、図面に打ち込むようになりました。ヴォーリズ自身は、隣接する〈軽井沢教会〉の活動にも精励し、音楽会の企画や地元の木工職人から頼まれた軽井沢彫りの家具のデザイン、町の商店から頼まれた看板書きなどにも、持ち前の才覚とサービス精神、そして社交性とユーモアを発揮し、ユニークな宣教師としても親しまれるようになりました。そんな背景から、キリスト教会などの建築計画に携わる糸口が増えていき、1927年には、軽井沢のまちづくりに大きく貢献した「軽井沢避暑団」の副会長にも推挙され、〈軽井沢ユニオン教会〉や〈軽井沢テニスコート・クラブハウス〉などの建築設計および監修を依頼されるようになりました。
 
「ヴォーリスが軽井沢をはじめて訪れたのは早く、来日した1905年夏の旅行の時で、ここに数日間滞在している。その時以来、緑深い高原の自然と、避暑地の町のとりこになっていく。(中略)
来日により運命的に与えられた近江八幡の地では、あまりにも隔たった異国の風土に驚きながらも、温順な日本人の心を見出し、そしてよき協力者を得たことは、ヴォーリズを勇気づけたでだろう。しかし、冬のみぞれ混じりの雪と、夏の厳しい暑さは、想像以上に身に堪えたに違いない。未知の町、近江八幡では、開拓者としての使命感に支えられ、言わば孤軍奮闘を続けたのに対して、軽井沢では多くのミッショナリーと、悲喜こもごもの共感を分かちあう場を見出したに違いない(p.56-57)」
 
こうして、軽井沢の地で心を癒し、人々の暮らしをデザインしてきたヴォーリズ。本書では、そんな彼の生涯を写真や当時の事書きから再編集し、記録しています。
ヴォーリズ建築の多くは今なお、軽井沢を愛する人々によって保存されているため、軽井沢を訪れた際には、その空間を肌に感じ、かつてのヴォーリズの感性と対話してみるのも良いでしょう。そんなガイドマップとして、本書を片手に軽井沢の夏を愉しんでみてはいかがでしょうか。

1912
〈軽井沢教会〉
(1929にヴォーリズが改築)
長野県北佐久郡軽井沢町旧軽井沢786-1
https://goo.gl/maps/MuDQBW9uPQWSjkqt5
*隣接する〈ミカド珈琲〉は、ヴォーリズの軽井沢事務所の跡地
 
1918
〈軽井沢ユニオン教会〉
長野県北佐久郡軽井沢町862
https://goo.gl/maps/cUsYp2m285zCuijBA
 
1930
〈軽井沢テニスコートのクラブハウス〉
長野県北佐久郡軽井沢町 旧軽井沢 1100
https://goo.gl/maps/t2b5SrzfMWi8Rn3LA
 
1930
〈睡鳩荘〉
(2008年に旧軽井沢から
塩沢湖畔の「軽井沢タリアセン」へ移築)
長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉217
https://goo.gl/maps/22ZnBUwwYtXTQkc38